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2010年4月26日 (月)

大河ドラマ『龍馬伝』第17回「怪物、容堂」

Ryomaden 今回は、龍馬が自分の進む道を見つけます。


大河ドラマ『龍馬伝』
第17回「怪物、容堂」

勝麟太郎の弟子となった龍馬は、ジョン万次郎からアメリカの大統領制について話を聞き、アメリカは世界一の大国になるだろうと教わりますが、そんな素晴らしい国から日本に戻ってきたのはなぜかと尋ねます。万次郎が語るその理由は…。
勝は人材を集めて海軍塾を開き、日本の海軍を作ろうと計画し、龍馬を連れて各藩の屋敷を訪ね、海軍塾への人材提供を頼み込むことに。龍馬は千葉道場に戻り、佐那と重太郎に自分の生きる道を見つけたと話すのでした。
ある日、勝は龍馬を連れて土佐藩の前藩主・山内容堂の屋敷を訪ね、海軍塾の人材を土佐藩から出してほしいと頼み込み、さらに土佐藩を脱藩した者の罪も免じてほしいと願い出ます。容堂は海軍塾への人材提供は快諾したものの、脱藩の罪に関しては許しませんでした。
龍馬は神戸に海軍塾を作るために江戸を離れることになり、千葉家に別れの挨拶に行き、最後に佐那との試合を申し込み、激しく竹刀を打ち合う二人。試合を終えて、佐那は涙をこらえて龍馬を見送り、生涯龍馬だけを思い続けようと心に誓うのでした。近藤長次郎とともに江戸から大坂へと向かう龍馬の胸は希望に燃えながらも一抹の不安を抱えていました。それは容堂との会見の際…。
その頃、京に戻った武市半平太は、将軍後見職である一橋慶喜が上洛したときに慶喜に会えるよう、身分を引き上げてほしいと三条実美に願い出ていて、また土佐では弥太郎が、材木を仕入れてひと儲けを狙っていました。


今回、龍馬がジョン万次郎や黒船と出会い、新しい道へ意気揚々と進む…という回のはずが、タイトルが「怪物、容堂」。でも見終わってみると確かに、容堂の底知れない恐ろしさをひしひしと感じました。
とくに、武市を指しての「上り坂もここまでじゃ」という言葉…。たしかに、容堂が頼みにしていた吉田東洋を亡きものにした武市をそう簡単に許すはずがなく、そう考えると、そんな武市の攘夷運動を容認しているように映る容堂の言動が、かえって恐ろしく感じるのですよね…。龍馬が大坂へ出立する際に感じていた一抹の不安って、龍馬自身のことというよりは、武市に関してのことだったんですね。進む道が別れたとはいえ、やっぱり気になるんだなぁ…と思ったりしました。
それから…龍馬を一途に思う佐那が、気丈に龍馬と竹刀を交え力強い言葉で送り出そうとする姿には、切なさとともに清々しさを感じ、佐那の父や兄の「娘(妹)に幸せになって欲しい」という思いに胸を打たれました。
さて…日本の海軍を作るために動き出した龍馬たちの様子もさることながら、上士にとり立てられた武市や、その彼の下で人斬りを続けている以蔵のことも気にかかります。…そうそう、土佐で材木の商売をしようとして何やら危ういことになっていた弥太郎のこの先も、気になるところです。

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