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2016年10月10日 (月)

真田丸:40

“幸村”誕生。

大河ドラマ「真田丸」
第40回:幸村

信繁を訪ねてきた明石正純は、豊臣家の重臣・片桐且元を連れていました。そこで知らされたのは、立派な若武者となった秀吉の子・秀頼を危ぶみ家康の立てた策によって徳川との取り次ぎ役であった片桐が大坂城を追われ、それを手切れとして家康は大坂を攻めるきっかけを得たということ。
これから始まる徳川との戦いに、信繁が兵を率いて戦ってほしいという片桐の頼みを断った信繁。しかし…、きりの言葉に今までの自分、今まで関わってきた人々の言葉に思いを巡らせたのち、ある決意を固めます。
そして信繁は息子である大助を呼び、新しい名前を決めるくじ引きを始めます。くじ引きの準備は大助がそうとは知らずに手伝い、くじは大助が引きました。前回、碁を通じて親子の触れ合いが描かれていたから、この場面での父から子への信頼関係がより感じられた気がしました。
そんなわけで信繁の新しい名前は、兄・信之が棄てることになった「幸」と、大助の引いた「村」とを合わせて「幸村」になり、新たな戦いに踏み出していくことに。
ここまで、源二郎~信繁を主人公にしたお話を見ていたので、色々頑張って活躍したよね!という気分になっていたのですが、実は、徳川と二度戦って二度とも勝ったのは父の昌幸で、信繁はその息子としての存在だったのかもしれません。そして、九度山村での生活を続けて生涯を終えていたなら、真田幸村として歴史に名を残すことはなかったでしょう。そう考えると、残り10話で描かれる大坂冬の陣・夏の陣が、いちばん大事なところ。
次回からの最終章、その大事なところをしっかりと見届けたいと思います。

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