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2016年12月12日 (月)

真田丸:49

兄弟再会。

大河ドラマ「真田丸」
第49回:前夜

豊臣・徳川による次の戦を前にして、家康からは最後の手紙が。牢人を連れず大坂城を出れば兵を退くという内容でしたが、秀頼はそれを拒否。戦へ突入していくことに。
丸裸の大坂城を守るため、その手前で徳川勢を待ち受ける作戦に出た豊臣方。家康が来ると思われる大和路に又兵衛と明石を配置したものの、家康はその裏をかく作戦に出たことで豊臣方は苦戦を強いられることに。又兵衛・木村が討ち死に、長宗我部も敗走。そしてたくさんの死者が出る厳しい展開。
ところで…徳川方と繋がっていた有楽斎(信長の弟)が城を出たはずなのに、なぜ徳川方に豊臣方の情報が筒抜けなのか…、間者はもうひとりいたわけで。最初のときも、薄々この人じゃないかなあという気がしていましたが、本当にそうだったとは。戦において、敵の情報を知ること、味方の情報を敵に知られないようにすること、これはとても大事なのに、これでは戦いが不利になって当然です…。
さて今回、信繁の手紙を読んで、弟は死ぬ気だと感じた信之が大坂へやってきます。徳川方に寝返る必要はない、でも家康を道連れに死のうとすることはやめろ、と必死の説得。大坂城のいまの状況で徳川に勝つのは大変厳しい状況、それでも生きてさえいれば、自分が絶対に助けるという覚悟。そして、敵の大将である信繁に会うことは徳川に歯向かったと疑われかねないというなか、身分を隠しての長旅という危険を犯してまでも会いに出かけた信之の弟を思う気持ち。本当にぐっときました。
そんな信之の道中、かつて父・昌幸の手にかかり命を落とした室賀正武の子・久太夫と遭遇。かつて正武から言われた「黙れ小童!」を返す場面が。久太夫は母とともに上杉家に預けられ、父の暗殺後に出家し善光寺で修行したのち還俗し、この大坂の陣の頃には尾張徳川に仕えていたのだとか。真田家にとっては危うい存在だった室賀ですが、こうやって子孫がこの戦国の世をしぶとく生き抜いていたという事実に感慨を抱きました。
それと同じことが真田にも言えるのかも。戦いを前に信繁は妻の春と子どもたち(大助を除く)を徳川方の伊達政宗に預けることに決めました。のちに娘の梅は、正宗の重臣・片倉小十郎の子のもとに嫁ぎ、またその弟の大八は片倉守信となり、いまも続く仙台真田家の家祖になりました。真田の故郷である上田からは遠く離れた土地ですが、そうやって真田家が受け継がれているのは凄いことだなあと思います。
最後の戦いを前に、家族の繋がり、血が受け継がれていくということをあらためて考えさせられる展開でした。
さて、ラストに信繁ときりがとうとう…!な場面もありつつ、次回は本当の本当に最後の戦いへ。
あと、1話です。

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