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2021年2月 7日 (日)

麒麟がくる㊹※最終回

大河ドラマ「麒麟がくる」
第44回(最終回):本能寺の変

宿敵・武田家を討ち滅ぼした戦勝祝いの席で光秀は、信長から理不尽な叱責を受け饗応役を外され、そのうえ、光秀と縁の深い四国の長宗我部征伐にに乗り出すと告げられるのでした…。
そして、毛利の拠り所である将軍・義昭を討つよう光秀に命じ、その命令を断り「殿は戦の度に変わってしまった」と信長の行状を諫める光秀に、「己を変えたのは戦ではなく光秀自身だ」と言い放つ信長。

信長は、権力の頂点に上り詰めたとはいえまだ道半ばであるなか、離れていく人や思ったような働きをしない人に対する苛立ちに苛まれているように感じました。また、それでも離れず仕えている人(おもに光秀)に対しても、「どこまでならやっても大丈夫なのか」「本当に自分のことを慕ってくれているのか」と自分への気持ち・忠誠心を試しているようにも感じました。そして、自分ではどうにも止められない衝動を、誰でもいいから止めてほしい…というようにも見えました。
対して光秀は、信長から離れ信長に討たれた人のなかには松永や村木(長女・岸の嫁ぎ先)、信長がこれから攻めようとしているなかには、長宗我部や義昭など自分に近い人々がいたこと、自分自身が度々受ける叱責や折檻で精神的に追い詰められているように感じました。また、そんななかで、帰蝶と話したなかで一度は否定した「自分で始めたものが御しきれなくなったら自分の手で終わらせる」という考えも再び頭をもたげ、鞆の浦で義昭に言われた「そなた(光秀)ひとりの京なら戻る」という言葉も頭をよぎり…、信長を討つという決断を…。
本能寺へ攻め寄せ、外から戦況をうかがう光秀と、攻め寄せた光秀の軍勢と闘う信長。初めて出会った頃や、「大きな世を作ること」を語り合ったときの、様々な光景が重なって…何と遠いところまでこのふたりは来てしまったんだろう…とやるせない気持ちになりました。
さて…
事を起こす前の光秀と会い「光秀が謀反を起こす可能性がある」と毛利攻めの最中だった秀吉に知らせ、光秀が信長を討ったあと、沈黙を守った藤孝。史実によればこの後、藤孝は秀吉に仕え、秀吉が亡くなると家康に仕えます。その時代の空気を読むのに長けていた人なんだろうなと感じ、自分はもちろん家族や子孫を守っていくためには「誰につくか」はとても重要なことだったんだなあと考えさせられます。
さてそして。物語の最後では信長を討った光秀を討った秀吉は関白にまで上りつめました。農民出身の秀吉は信長に認められて出世しながらも、信長の家臣たちからはずっと下に見られ続けました。浅井・朝倉に挟み撃ちにされて光秀とともに殿(しんがり)を務めたときも、「お前にできるわけがない」と信じてもらえませんでした。のちに、自分よりも能力のない古くからの家臣と喧嘩になり陣を飛び出す騒ぎも起こしています。京での「秀吉はお武家嫌いで、お公家に近づいている」という噂も併せて考えるに、秀吉は自分が出世するための足掛かりとして信長に仕えていて、不満もあった。けれども権力を手にした信長(しかも主君)を討つというような行動を自ら起こすのは危険だと思っていて、誰かがやってくれたら…とも思っていたかもしれません。そして…信長に「信長さまや安土城は京の人々に評判がいい」と真実ではないことを言ったり、信長が光秀に疑いを持つように仕向けたり、穿った見方をすれば、光秀がそういう行動に出るように誘導したとも言えるのかも…。
最後に…その秀吉の死後、豊臣家を滅ぼし江戸幕府を開いた家康。幼い頃からあちこちに人質に出される生活をし戦で厳しい経験をし、上洛目前だった信玄が亡くなった機を逃さず信長が権力の座まで上ったものの光秀に討たれ、その光秀も秀吉に討たれ…、光秀と親交があり(それが信長を光秀に対する不信に導いたともいえるのですが…
)今後を託され、そういうものをずっと見聞きしたうえで、強かに待ち、動くときは動いて長い時間をかけて事を成し遂げたんだろう…と。
(※ここまで、史実というよりはこの「麒麟がくる」というドラマを見ての考察です)

それぞれの人の人生を思い、また、最初は斎藤道三、そこから朝倉義景、足利義昭、織田信長…と様々な主人に仕えた光秀が、それぞれの場所での主人との関係やその周囲の人々との関係で、上手く行くこともあればままならないこともあったり…。
戦国時代のお話ではありますが、何とも言えない現代にも通じる何かを感じるお話だったなあと思いました。
コロナ禍だったりもして、大河ドラマの歴史上初めて、放送開始から最終回までが1年を超えたということもあり長く長くこのお話について考えていたなあという印象。
そして、今まであまり意識したことのなかった人物…たとえば斎藤道三や松永久秀、足利義輝・義昭といった人々について思いを寄せる機関にもなりました。
こうやって自分のなかの知識の世界が広がる機会になるのが、大河ドラマを見る楽しみでもあります。
次の大河ドラマは幕末~明治のお話とのこと。ガラリと雰囲気も変わると思うので、見るのが楽しみです。

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